石野卓球は若い頃から天才なの?その伝説やエピソードを調べたよ!

   

ピエール瀧さんの逮捕を受けて、おのずと注目を集める結果となってしまった石野卓球さん。

そもそも、「電気グルーヴ」自体を知らない人も多いのではないでしょうか。

若い頃から天才と呼ばれ、数々の伝説やエピソードを残してきた石野卓球さん。

今回は、そんな石野卓球さんについて調べていきたいと思います。

それでは早速、見ていきましょう!

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石野卓球って誰?

石野卓球さんのことを全く知らない人も多いと思うので、まずは簡単なプロフィールからです。

石野 卓球(いしの たっきゅう)

本名:石野 文敏(いしの ふみとし)

1967年12月26日生まれで、静岡県静岡市の出身です。

石野卓球さんと音楽との出会いは、石野卓球さんが小学生の時でした。

当時、シンセサイザーとコンピューター制御の電子楽器を取り入れた先駆者でもある「イエロー・マジック・オーケストラ」のサウンドを耳にした石野卓球さんは、一気にのめり込むことになります。

石野卓球さんはバイトをして、様々な音楽機材を買い揃え、自身も
「Merry Noise」というユニットを結成しました。

そして、弱冠16歳という若さで作曲し、音楽活動を開始しています。

石野卓球さんが天才と言われるゆえんは、この頃から始まっていました。

その後、ピエール瀧さんらと共に「人生」を結成し、インディーズの波に乗ります。

奇抜なファッションと奇想天外な曲を多数披露し、ファンは度肝を抜かれつつも、心を鷲掴みにされます。

ピエロのような恰好をしているのが石野卓球さんです。

ドラえもんらしき人物がピエール瀧さんですね。

そのシチュエーションによっては、その衣装も色々と変えていたそうです。

そして、1989年には「人生」を解散し、「電気グルーヴ」を結成しました。

メジャーデビュー後は、その活躍も日本国内だけにとどまらず、海外進出を果たしています。

ピエール瀧さんは、徐々に音楽の世界から、マルチタレントとして活躍するようになりました。

石野卓球さんは、その後も音楽関係の仕事を続けており、多くの有名ミュージシャンともコラボしています。

マルチタレントとして活躍するピエール瀧さんに目が行きがちですが、石野卓球さんも目立たないだけで大活躍しいていたのですね。

石野卓球は若い頃から天才なの?

石野卓球の中学時代のエピソード

先ほども触れたように、石野卓球さんは、若い頃からその才能を開花させるほどの天才でした。

天才がゆえに、自分の好きなことだけを探求し、その世界を極めてしまうという能力を持っています。

中学生で「YMO」に出会い、その興味も普通の若者が聴かないようなノイズミュージックに傾倒していきます。

そして、自分の勉強部屋では、電気のこぎりやドラム缶などを用いた音楽創作活動を行っていました。

石野卓球さんにとっては、そのノイズが音楽の一部だったのかもしれませんが、家族にとっては騒音でしかありません。

そのような状況を石野卓球さんの妹が、詩にしたためるほどでした。

年頃の男子が毎日のように騒音を出していたことに、家族も怒りと恐怖を感じていたのでしょうね。

そんな鬼気迫る勢いの石野卓球さんには、家族のだれもが、注意できなかったのかもしれません。

石野卓球とピエール瀧の出会いのエピソード

石野卓球さんとピエール瀧さんは、別々の学校に通っていました。

高校野球に没頭していたピエール瀧さんは、テクノ音楽に興味があり、テクノに詳しい石野卓球さんの噂を耳にします。

そして、高校1年生の夏にピエール瀧さんは石野卓球さんの家に行く機会がありました。

そこに現れたのは、トランクスにランニングシャツを着た坊主頭の石野卓球さんでした。

テクノとはほど遠いいその姿に、ピエール瀧さんは驚かされます。

さらに、石野卓球さんが収集していたレコードを聴かされ、さらにビックリしてしまいました。

ピエール瀧さんは、テクノ音楽に興味があるものの、そのレベルは「YMO」の曲を聴く程度でした。

しかし、石野卓球さんの部屋には、ピエール瀧さんが今までに触れてこなかった洋楽のニューウェーブであったり、マニアックなレコードが沢山ありました。

新しい世界を発見したピエール瀧さんは、その後も高校野球と両立しながら、石野卓球さんの家に毎日のように通うようになります。

石野卓球さんの探求心の凄さも、持って生まれた才能ですよね。

そして、高校野球を続けながら、音楽の世界と両立していたピエール瀧さんの根性も凄いと思います。

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石野卓球の天才伝説

石野卓球さんの作り出す作品は、普通の発想では出てこないようなものばかりです。

まずは、石野卓球さんの作り出す歌詞ですが、意味不明の部分も多々あります。

しかしそこには、石野卓球さんの独特な考え方がありました。

音の響きを重要視する石野卓球さんの歌詞は、あくまでも、その作品の雰囲気を伝えるということに重きを置いています。

なので、歌詞に特別な意味を含める必要はなく、曲の流れをスムーズにしようとしました。

もちろん、その曲に合わせるための豊富な語彙力も必要ですし、それを音として捉える感覚も必要になってきます。

曲の作り方には、それぞれのアーティストによって全く異なります。

石野卓球さんの作品作りは、むしろ普通より難しく、天才ならではのこだわりがあったのですね。

さらに「電気グルーヴ」が売れたのには、石野卓球さんの曲の凄さだけではなく、メンバーの人選も大きく影響していました。

「人生」を解散した後に「電気グルーヴ」を結成した当時は、ピエール瀧さんを誘った石野卓球さんの考え方に周囲も疑問を呈していました。

しかし、石野卓球さんは、直感的にピエール瀧さんを誘ったそうです。

ピエール瀧さんのスター性を見抜いていたのですね。

ピエール瀧さんを抜きにしては、「電気グルーヴ」の最高のパフォーマンスを発揮することが出来ません。

まさに先見の明を持つ石野卓球さんの天才ぶりを、様々な角度から感じさせられました。

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おわりに

石野卓球さんの凄さがお分かりいただけたでしょうか?

石野卓球さんがピエール瀧さんを誘っていなければ、こんにちのピエール瀧さんは存在していませんでした

しかし今回の事件は、ピエール瀧さんが音楽の道に進んでいなければ、起こっていなかったのかもしれません。

そう考えてしまうと、少し切ない気持ちにもなりますが、それが人生なのでしょうね。

人によって様々な捉え方があり、石野卓球さんのことに関しても多く論じられていますが、あとは時間が解決してくれるのを待つしかありませんね。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!

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