ベイカー茉秋 怪我と手術を筋肉でカバー!オリンピック連覇なるか?

      2018/11/29

柔道日本男子90㎏級のベイカー茉秋選手。

2016年のリオオリンピックで金メダルを獲得しましたが、その後は怪我に苦しみ、手術という苦渋の決断を迫られました。

手術後はリハビリにはげみ、筋肉で包まれた強靭な肉体が再び躍動することになります。

まだ本調子ではないとはいえ、東京オリンピックへ向け、再起を誓いました。

今回は、そんなベイカー茉秋選手について解説していきたいと思います。

それでは早速、見ていきましょう!

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ベイカー茉秋選手と柔道との出会い

ベイカー 茉秋(べいかー ましゅう)

1994年9月25日生まれ、東京都千代田区出身

身長:178㎝

段位:参段

組み手:右組

得意技:大内刈

父親がアメリカ人で母親が日本人のハーフとして産まれました。

しかし幼い頃に両親が離婚し、母親に引き取られ、日本人として生活することになります。

ピアノを習っていたベイカー茉秋選手は姿勢が悪いと、ピアノの先生に注意され、姿勢を正す目的で6歳から柔道を始めることになりました。

まず驚きなのが、あの筋骨隆々なベイカー茉秋選手がピアノをたしなんでいたということですよね。

もちろん、幼い頃はごく普通の可愛らしいハーフの少年だったと思うので、ピアノもお似合いだったに違いありません。

そして、柔道を始めたきっかけにも驚きです。

柔道を始めた当初は、オリンピックで金メダルを獲得するなんて想像もしていなかったでしょうね。

方向性は全く違いますが、ピアノを習っていて、本当に良かったですよね。

しかし動機が動機なので、柔道を始めてしばらくは、それほど熱心に稽古に力を入れず、これといった成績も残していません。

ところが、ある試合の敗戦を機に、ベイカー茉秋選手の闘争心に火がつき、柔道に対する姿勢も激変します。

高校進学後には、その闘争心が加速し、その実力が徐々に開花することになります。

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ベイカー茉秋選手の金メダル獲得まで

ベイカー茉秋選手は柔道をさらに極めるべく、東海大浦安高校に進学します。

入学当時の体重は66㎏しかなく、監督の指示により、1日に7食という食事量と激しい筋トレにより、1年間で15㎏の増量に成功しています。

ベイカー茉秋選手の体を見ると本当に驚きです!

余計な脂肪が無く、見事に鍛え上げられたその体は、高校時代から作り上げられてきたのですね。

その後さらに体を鍛え、高校2年生の時には90㎏級に上げてきました。

その結果、高校選手権ではオール一本勝ちを収め、団体戦でもチームの初優勝に貢献しています。

高校3年生の時には(高校選手権、金鷲旗、インターハイ)の3冠を制してしまいました。

もともとの素質があったとはいえ、筋トレと猛練習の末に高校2年時から急激に全国区の選手にのし上がるなんて、普通は考えられませんよね。

一流の柔道家は、幼い頃から真剣に稽古に励み、成績を残していることが多いのですが、ベイカー茉秋選手は異例中の異例です(柔道を始めたきっかけも異例ですが)。

2013年には柔道の名門校である東海大学へと進学します。

大学進学後も着実に結果を残し、世界ランキングも上昇していきます。

そしていよいよ、2016年のリオオリンピック出場を果たしてしましました。

オリンピックの試合当日には朝からステーキを平らげ、試合に臨んだそうです。

大切な試合の朝にステーキなんて・・・

普通の人だったら少し控えめ、というか、少し体に優しい食事をとると思いますが、一流選手は違いますね。

しかし、決勝前に3回も嘔吐してしまったそうなので、精神的な重圧もあったとは思いますが、ステーキが消化できなかったのではないでしょうか。

そんなアクシデントに見舞われたにもかかわらず、見事に優勝を飾ってしましました。

世界ランキングでも1位に昇りつめ、まさに絶頂期を迎えましたが、その後は怪我で泣かされることになってしまいます。

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ベイカー茉秋選手の怪我と手術

東海大学卒業後は、2017年4月からJRAに所属することになります。

社会人になったベイカー茉秋選手は、次の目標である東京オリンピックでの金メダル獲得を掲げ、練習に邁進しようとしていました。

しかし、古傷の右肩を完全に痛めてしまい、オリンピックどころではなくなってしまいます。

東京オリンピック出場に対しては、万全の態勢を整える必要があり、手術に踏み切ることになりました。

手術自体は成功に終わりましたが、その後の辛いリハビリ期間が待っていました。

あのトンデモナイ筋肉も削げ落ち、ベンチプレスは20㎏も持ち上げられず、横になって眠るのも痛くて辛かったそうです。

その後は徐々に回復に向かい、復帰までには8ケ月を要してしまいました。

精神的にもどん底を味わい、復帰までの時間が非常に長く感じたそうですが、逆にその時間が重要だったと語っています。

21歳という若さでオリンピックの金メダリストになったことで、目標を達成してしまったベイカー茉秋選手は、連覇を狙う気持ちにやや陰りが見えていたそうです。

しかし、怪我で柔道が出来ない体になったときに、改めて柔道の魅力を考えさせられ、意地でも復活してやる!という強い気持ちが芽生えたそうです。

そして再始動を果たしたベイカー茉秋選手は、2018年11月に行われた講道館杯で優勝し、完全復活を成し遂げました。

金メダル獲得の時よりも嬉しい」と語っていましたが、その言葉がリハビリ期間中の辛さを物語っていますよね。

その後もさらなる挑戦は続くことになります。

東京オリンピックでは、是非とも連覇を果たしてもらいたいですよね!

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↓ベイカー茉秋インタビュー・全日本男子重量級合宿【2018/1/9】

おわりに

一流の柔道家になったベイカー茉秋選手でしたが、怪我を乗り越えたことにより、さらに一回り大きな人間へと成長を遂げました。

そしてその成長はまだまだ続き、さらなる進化を遂げることでしょう。

東京オリンピックまではもう少し時間がありますが、怪我だけには本当に注意してもらいたいと思います。

でもまだ若いので、東京オリンピックの次も目指せそうですよね。

東京オリンピックも通過点としてとらえ、頑張ってもらいたいと思います。

あと気になるのは恋愛事情ですが、そちらの方も同時進行で順調に進んでいるのでしょうかね?

イケメンというか、可愛らしい顔立ちで、少し天然な性格もあって、モテモテだとは思いますが、そちらの方での怪我にも注意してくださいね!

ベイカー茉秋選手の今後の活躍も心より応援しております。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!



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