霜降り明星 粗品の本名は?生い立ちからM-1優勝までの軌跡を解説

   

コンビ結成6年目の霜降り明星。

M-1グランプリ2018では史上最年少で優勝を成し遂げてしまいましたね。

今では各メディアで引っ張りだこになり、忙しい日々を送っている粗品さん。

そんな粗品さんの名前が芸名だということは意外に知られていません。

今回はそんな粗品さんの本名や、生い立ちからM-1優勝までの軌跡を解説していきたいと思います。

それでは早速、見ていきましょう!

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霜降り明星 粗品の本名は?

1993年1月7日生まれの粗品さんは、高校時代からお笑い活動をしていました。

同志社国際高校に在学中から「粗品」という芸名を使っています。

「粗品」の本来の意味は、粗末な品物、人に贈り物をする際にへりくだって使う言葉とさています。

粗品さんはまさにそういった意味で、つねに謙虚な姿勢といった意味合いも含めて芸名を「粗品」にしたとされています。

しかし、粗品という芸名は幼い頃から考えていたそうなので、芸名の理由に関しては、もしかしたら後付けなのかもしれません。

そんな粗品さんですが、本名は「佐々木 直人(ささき なおと)」さんといいます。

シュッとしたイケメンの風貌にはぴったりの名前ですよね。

むしろ、本名の方がしっくりとくる感じがします。

M-1の王者になったので、粗品を止めて、本名に戻しても良さそうですよね。

しかし、M-1王者になったからこそ、謙虚な姿勢を忘れないためにも「粗品」という芸名を使い続けていくことでしょう。

参考記事霜降り明星 ネタ作り担当はどっち?粗品とせいやの役割分担も解説

霜降り明星 粗品の生い立ちは?

粗品さんの実家は、大阪の心斎橋で焼肉屋を経営しています。

店の名前は「味希」といい、カウンター席が12席というこじんまりとしたお店です。

外観はかなり年季が入っていますが、リーズナブルで味には定評があり、塩タンが人気メニューとなっています。

そのような環境で育った粗品さんは、幼い頃から芸人になることを妄想しており、妄想の中で粗品としてM-1で3回連続で優勝しているそうです。

想像力が豊であるのと同時に、妄想を現実のものとして捉えていたのですね。

中学校からは京都府にある、同志社国際中学校・高等学校という中高一貫校に進学しました。

結構難しい学校なので、粗品さんは妄想しつつも勉強もしっかりとやっていたのですね。

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高校在学中に幼い頃からの妄想を現実化させるための行動に出ます。

それまで温めていた「粗品」という芸名を使用し、お笑い活動に本格的に乗り出しました。

お笑いの才能に長けており、当時組んでいた「スピード」というコンビで、ハイスクールマンザイ2009では、決勝進出を果たしてしまいます。

周囲からの粗品さんに対する評価もうなぎ登りで、お笑いの天才と称されるまでになっていました。

翌年のハイスクールマンザイ2010で、お互い別々のコンビでしたが、現在の相方であるせいやさんと巡り合うことになります。

そこでお互いの存在を強く意識することになりますが、二人は別々の大学に進学し、粗品さんはピン芸人として活動を始めることになりました。

ピン芸人としての活躍もめざましく、「2012オールザッツ漫才」の若手芸人の登竜門である「foot cutバトル」で番組史上最年少の19歳で優勝に輝いています。

そこで完全にお笑いの世界に舵を切った粗品さんは、芸人として生きる決意を固め、大学を中退しました。

幼い頃の妄想に着実に近づいていくことになります。

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霜降り明星 粗品のM-1優勝までの軌跡

ピン芸人としての地位を固めつつあった粗品さんでしたが、せいやさんとコンビを組むことにより、さらに高いレベルのお笑いが出来ると確信します。

しかし周囲からは、どこの馬の骨ともわからない、大学生のせいやさんとのコンビ結成に関しては、批判的な声が多く集まりました。

そのような声には耳を貸さずに、粗品さんはせいやさんを熱心に誘います。

当時のせいやさんは教師を志しており、お笑い芸人になることは全く考えていませんでした。

しかし、あまりにも熱烈な粗品さんからのラブコールに、せいやさんの考え方も徐々に変わり、2013年1月に「霜降り明星」を結成することになります。

結成直後はせいやさんにたいする風当たりも強く、周囲は冷ややかな目で「霜降り明星」を見ていました。

しかし、「霜降り明星」の実力を徐々に見せつけていくことになります。

M-1グランプリ2016では準決勝進出を果たしますが、決勝進出を逃した二人は、来年こそは絶対に決勝に進出してやる!と心に決めます。

そして臨んだM-1グランプリ2017では準決勝まで進出しますが、決勝進出のコンビに「霜降り明星」の名前はありませんでした。

そこには、呆然とする粗品さんと、泣きすぎてふらふらになったせいやさんの姿がありました。

二人の中では決勝進出は大前提だったので、その現実を受け入れるまでに時間がかかります。

しかし、落ち込んでばかりもいられない二人は翌年に向けて動き出しました。

決勝進出を賭けて臨んだM-1グランプリ2018では、史上最年少で優勝を勝ち取ってしまいました。

決勝進出で頭がいっぱいだった二人の中では、優勝の二文字までは考えていなかったようです。

決勝進出を決めたことで二人は大満足し、本番では楽しむことを優先した結果、変な緊張感も無く、優勝が転がり込んできたのでしょうね。

参考記事霜降り明星 粗品の同志社中退の理由が凄い!かっこいい人生を解説

↓M-1 2018王者の霜降り明星さんにギャグ習いました。

おわりに

粗品さんは高校3年生の時に父親を亡くしており、母親を残してお笑いの道へ進んだことに葛藤の日々を送っていました。

後ろ髪をひかれながらも、幼い頃からの妄想を現実のものにするという、精神的な強さも持っていたのですね。

そんな粗品さんは、M-1優勝後に真っ先に母親に電話しています。

そして、大号泣していました。

母親からは「本当に親孝行してくれた」と言葉を貰っていましたが、粗品さんは、「ほんの少し親孝行できかな」と語っています。

M-1優勝賞金も「母親の欲しいものを10個買う」と言っていましたよね。

粗品さんのお笑いに対する、常にストイックな姿勢で取り組むといった背景には、母親に対する熱い想いもあったのですね。

そして相方のせいやさんに対するリスペクトも凄いです。

コンビ結成当初は、周囲からの非難の声が圧倒的でしたが、せいやさんの面白さを一番分かっていたのは粗品さんだったのです。

あとは、幼い頃からの妄想である、M-1の連覇を果たしてもらいたいですよね。

「霜降り明星」の今後の活躍も心より応援しております。

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