奥泉和也のプロフィールや大学などの経歴は?妻や子供はいるの?
2019/11/15
クラゲ水族館の館長を務めている奥泉和也さん。
そもそもクラゲ水族館という存在自体が気になりますよね。
しかもそのクラゲ水族館は世界からも注目を集めているそうです。
そこで今回は、クラゲ水族館のことや館長の奥泉和也さんのプロフィールや経歴、そして妻や子供についても調べていきたいと思います。
それでは早速、見ていきましょう!
クラゲ水族館の存在が気になる!
奥泉和也さんが館長を務める「加茂水族館」は山形県鶴岡市にあります。
加茂水族館の歴史は古く、1930年(昭和5年)に誕生しました。
しかし、太平洋戦争中には国策による施設として利用されることになります。
戦後しばらくの間も、学校の校舎として使用されてきました。
そして、1956年(昭和31年)に水族館として復活することになります。
高度経済成長の波に乗り、水族館も繁栄し、1967年度(昭和42年度)には年間21万人を超える来館者数を記録しました。
しかしその後は来館者数が減少し、様々な経営母体の変遷を経験しながら、何とか水族館の存続を図ることになります。
ところが、バブル崩壊後の1997年度(平成9年度)には年間9万人にまで落ち込んでしまいました。
当時館長だった村上龍男さんと副館長だった奥村和也さんを中心として、何とか水族館を立て直そうと様々なアイディアを持ちより、手当たり次第にそのアイディアを試みることになりました。
しかしその事業拡大が裏目に出てしまい、多額の負債を抱えることになってしまいます。
窮地に追い込まれた職員たちは、何かに特化した水族館として、再生を図るという最後の賭けに出ました。
最初は「サンゴ」に注目し、サンゴに特化した水族館に生まれ変わりました。
ところが「サンゴ」でも水族館の回復には直結しなかったのです。
職員の誰しもが諦めかけていた時に、たまたまサンゴの水槽にいた小さな物体を育てたところ、「サカサクラゲ」だということが分かったそうです。
そこで、館長と副館長は水族館をクラゲに特化させることに方向転換しました。
しかし、クラゲの飼育や繁殖は思っていたよりも難しいことだと気付かされることになります。
奥泉和也さんを中心として、様々な試行錯誤の結果、何とかクラゲの飼育と繁殖の方法を確立することに成功しました。
そこからクラゲの展示数を増加させるのと同時に、来館者も徐々に増えていきました。
そして現在では、年間55万人以上の来館者がコンスタントに訪れる世界一の水族館として地元の観光名所の一つとなっています。
クラゲに特化した水族館となったのは、偶然の産物でもありますが、そこに賭けた当時館長だった村上龍男さんと副館長だった奥村和也さんの直感力と、その後の努力の賜物だったということが凄いですよね。
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奥泉和也のプロフィールや大学などの経歴は?
まずは奥泉和也さんの簡単なプロフィールから紹介しますね。
奥泉 和也(おくいずみ かずや)さんは1964年(昭和39年)に山形県鶴岡市で生まれました。
幼い頃から海や釣りが大好きで、将来も海の近くで仕事がしたいと考えていたようです。
地元を愛する奥泉和也さんは、地元の小学校、中学校に進学しました。
そして1983年に地元の農業高校を卒業したということなので、山形県鶴岡市にある農業高校を調べたところ、「山形県立庄内農業高等学校」と出てきたので、その高校を卒業したと思われます。
そして、高校卒業後はすぐに加茂水族館へ就職しているため、大学へは進学していませんでした。
就職した直後はアシカの飼育員に配属されています。
先ほども紹介したように、奥泉和也さんが就職したころには、来館者は減少の一途をたどっていました。
そして副館長に就任していた奥泉和也さんは、1997年にクラゲの専任を命じられることになります。
今までクラゲの専門的知識をほとんど持ち合わせていなかった奥泉和也さんは、そこからクラゲの生態や飼育方法、繁殖方法を研究し、クラゲの展示に成功することになりました。
そこから徐々にクラゲの展示数を増やしていき、2003年にはアメリカのレーベイ水族館の展示数を抜き、世界一になってしまいます。
そしてその勢いは止まらず、2012年にはクラゲの展示数を30まで増やし、ギネスにその名を刻むことになりました。
2015年4月からは館長に就任した奥泉和也さんは、世界中から訪れる飼育員に対しても、積極的に研修などを行い、クラゲ館長の名を世界中に広めていくことになります。
そんな奥泉和也さんですが、クラゲに対する探究心は衰えることを知らず、現在でも世界中の未知なるクラゲを追い続けています。
もともとは、加茂水族館の存亡の危機のために尽力を尽くしてきた奥泉和也さんでしたが、クラゲの奥深さを知ったことで、さらに詳しくクラゲのことを知りたくなったのですね。
そんな熱いハートの持ち主だからこそ、館長にも任命されたのでしょうね。
奥泉和也さんに妻や子供はいるの?
クラゲを愛してやまない奥泉和也さんですが、妻や子供はいるのでしょうか?
奥泉和也さんのことを調べていたら、Facebookのアカウントに「既婚」という文字がありました。
結婚はされているようですが、子供の情報については、どこにも明記されていませんでした。
高校を卒業後すぐに就職しているので、結婚も早かったのでしょうね。
そして、子供も若いうちに出来たのかもしれません。
そう考えると子供はすでに成人しているはずです。
地元愛が強く、海を愛する奥泉和也さんの子供も、幼い頃から海と触れ合いながら育てられてきたのでしょうね。
そして、父親同様に海を愛しているはずです。
もしかすると、加茂水族館の飼育員として働いているのかもしれませんね。
そして、いずれ「クラゲ館長」の名前を引き継ぐのかもしれません。
あくまでも想像ですが、その可能性も全く無いわけではないと思います。
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おわりに
クラゲに対する探究心の止まらない、クラゲ館長の奥泉和也さん。
この地球上には、未知なるクラゲの数は無限にいると思います。
奥泉和也さんの命がある限りは、クラゲを追い続けていくことになるとは思いますが、その終着点は程遠いですよね。
そういう意味では、人生を賭けて取り組むことの出来る研究材料に巡り合えたことは、奥泉和也さんにとって幸せなことだったのではないでしょうか。
そして、クラゲ館長の後進の育成も必要になってきますよね。
そのためにも、世界中の飼育員の育成にも力を注いでいるのではないでしょうか。
海を愛するがゆえに、成しえたことだとは思いますが、様々な紆余曲折を乗り越えて、現在の仕事を続けられている奥泉和也さんの人生を羨ましく思います。
今後も頑張り過ぎないように、世界中の未知なるクラゲを追い続けてもらいたいとは思いますが、体調管理には気をつけて下さいね!
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!
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