八村塁のプロフィールは?高校や大学などの経歴や両親も紹介!

   

日本人で初めてとなるNBAのドラフト一巡目で指名を受けた八村塁選手。

世界一のプロバスケットボールリーグである「NBA」はその対象を全世界に広げていますが、わずか60人という選手しか選ばないという非常に狭き門です。

そこに日本人選手が選ばれるということは、本当に奇跡的なことだったのです。

そのような快挙を成し遂げた八村塁選手自身はもちろんのこと、そこまでの道のりも気になりますよね。

今回はそんな八村塁選手を育てた両親についても調べていきたいと思います。

それでは早速、見ていきましょう!

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八村塁選手とバスケットボールとの出会いは?

まずは簡単な八村塁選手のプロフィールから紹介しますね。

八村 塁(はちむら るい)選手は1998年2月8日生まれなので、2019年の誕生日で22歳になりました。

父親は西アフリカにあるベナン共和国の出身で母親は日本人なので、八村塁選手はハーフです。

身長は203㎝で体重は106㎏、そして足にサイズはなんと36㎝と、完全に日本人離れしたその体格は父親譲りなのでしょうね。

富山県出身の八村塁選手は地元の富山市立奥田小学校に通っていました。

小学生の頃はイチロー選手に憧れており、将来はプロ野球選手も視野に入れていました。

野球チームでは当初ピッチャーを務めていましたが、八村塁選手の投球が凄すぎて、その球を捕れる選手がいなかったそうです。

そのため、八村塁選手が捕手を務めることも多かったそうです。

八村塁選手の投球はスピードだけではなく、ずっしりと重い球だったのでしょうね。

中学校も地元の富山市立奥田中学校に通っていました。

中学校でも当初は野球部に入部した八村塁選手でしたが、同級生からバスケ部へ転部することを勧められることになります。

奥田中学校はバスケの強豪校ということもあって、同級生もしつこく勧めたのでしょうね。

そして、同級生の猛烈アピールに根負けした八村塁選手は、しぶしぶバスケ部に転部することになりました。

バスケ未経験の八村塁選手は、最初は四苦八苦の連続でしたが、坂本コーチから「お前はNBA選手になれる!」と言い聞かされ、必死に周囲に追い付こうと練習をこなすことになります。

その類まれなる運動神経から、バスケでも開花した八村塁選手は、第42回全国中学校バスケットボール大会において、ベスト5に選出されるほどになってしまいました。

しぶしぶ始めたバスケットボールでしたが、坂本コーチの褒めて伸ばすという指導方法と、それを素直に受け取って、ひたむきに練習に取り組むという性格の持ち主だったということも大きいですよね。

そしてとにかく、坂本コーチはNBAを意識させ、絶対に叶う夢だということを八村塁選手の心に深く植え付けました。

バスケに魅了された八村塁選手は、高校からも着実にバスケの実績を残していくことになります。

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八村塁選手のNBAへの道

中学を卒業した当時、八村塁選手の身長は190㎝に達していました。

そしてその高いバスケ能力を持った八村塁選手のもとには、多くのバスケの強豪高校からのスカウトを受けることになります。

坂本コーチはそのスカウトとの間に入り、八村塁選手や親とも話し合ったそうです。

坂本コーチはNBAを視野に入れており、その条件を満たすような高校を探すことになります。

最終的には、宮城県にある私立の「明成高校」に進学することになりました。

八村塁選手は1年生の時から活躍し、第44回全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会では「明成高校」を優勝に導くとともに、大会のベスト5にも選出されています。

さらには、2014年に開催されたU-17世界選手権に出場しました。

日本代表自体の成績は1勝6敗と、参加16か国の中で14位に終わってしまいます。

しかし、八村塁選手個人の平均得点と総合得点で世界から参加した選手の中で1位を記録してしまいました。

この大会での活躍が、アメリカの大学の目に留まることになります。

そして、いくつかのアメリカの強豪大学からスカウトされることになりました。

その中から、八村塁選手はワシントン州にある名門の「ゴンザガ大学」に進学しました。

ゴンザガ大学に進学した八村塁選手は徐々にその実力を発揮することになります。

そして、2018年11月にハワイで行われた「マウイインビテーショナル」では、ゴンザガ大学のエースとして活躍し、見事に優勝に導きました。

さらには、大会のMVP選手にも選ばれることになります。

そして、NCAA(全米大学体育協会)は、2018-2019シーズンの「ジュリアス・アービング賞」を八村塁選手に与えました。

また、ウェストコーストカンファレンスの年間MVPにも選ばれた結果、NBAのドラフトに名前を連ねることとなったのです。

八村塁選手は感謝の気持ちを恩師の坂本コーチに伝えたそうですが、坂本コーチは本当に八村塁選手がNBAの選手になれるとは思っていなかったそうです。

バスケの練習を飽きさせないためにNBAを引き合いに出していたそうですが、その潜在的な言葉の力というものが本当に大切なのだと感じさせられますよね。

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八村塁選手の両親は?

八村塁選手は4人兄弟の長男で、ほかの兄弟たちもバスケで活躍しています。

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そんな子供たちを育てた両親の存在が気になりますよね。

そこで、八村塁選手の父親と母親について紹介していきたいと思います。

八村塁選手の父親は?

先ほども触れたように、八村塁選手の父親のザカリ・ジャビルさんは、西アフリカにあるベナン共和国の出身です。

ベナン共和国にいる時から日本に興味を持っており、個人的に何度か来日していたそうです。

その後本格的に富山県に移住し、居酒屋を経営していたそうです。

父親のザカリさんも、元バスケ選手だったそうですが、八村塁選手に対しては、バスケを無理強いしたわけではありませんでした。

とにかく、本人の自主性を尊重し、それに対して陰ながら応援していたようです。

八村塁選手の母親は?

八村塁選手の母親のお名前は「麻紀子」さんとおっしゃいます。

英語の講師をしているそうですが、八村塁選手に対しては、英語を積極的に教えることはなかったそうです。

とはいえ、そのような環境で育った八村塁選手は、英語に対しても特別な苦手意識なども無く、自分で勉強したのでしょうね。

そこにも将来の目標であるNBAのために、計画的に英語学習を進めていたのかもしれません。

一流の選手は皆揃って、本当に器用で頭が良いですよね。

英語恐怖症の私にとっては、八村塁選手の英語に対する能力の高さが羨ましく思います。

いずれにしましても、八村塁選手は何事にも真面目に諦めずに取り組み、継続する力を持っている人物だということが分かりますよね。

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おわりに

八村塁選手はもともと野球選手に憧れていたそうなので、そのまま野球を続けていてもプロ野球選手になっていたのは間違いありません。

もしかしたら、バスケと野球の二刀流も可能だったのではないでしょうか。

アメリカには、二刀流で活躍する選手も存在しますもんね。

しかし、とりあえずはバスケ選手としての実績を残してもらいたいと思います。

八村塁選手はまだまだ若いので、将来は様々な可能性を持っており、NBAの次なる目標も見つけてもらいたいと思います。

怪我だけには十分注意してもらい、NBAが日本に定着するように頑張ってもらいたいと思います。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!



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